地 域 と の 関 わ り

 私は旧姓を田代といい、御殿場市北久原で生まれました。結婚を機に稲葉の家に入り、新橋でも野中と呼ばれる現在の場所に住んでおります。50年の人生の半分づつをそれぞれで過ごしました。私には御殿場という大きな故郷の中に、北久原、新橋という小さな故郷が二つあります。ずっと住んでいながら「故郷」というのはいささかおかしな表現ですが、そんな暖かな思いにさせるのが御殿場であり、北久原、新橋であります。多くの御殿場市民が、それぞれの地域で、私と同じような郷土への思いを抱きつつ、日々の生活を送っているものと思います。
 私は以前、新橋区組長会長を務めたことがあります。普段は何気なく見過ごしている地域の環境が、会合の場で問題として話題になることがよくありました。
 晩秋の田舎道を歩いていると、色づいた木の葉が未舗装の道路に程よくたまり、御殿場の原風景を思わせ、私のような者も、映画の1シーンに立っているような気分になることがあります。しかし、その道を生活道路にしている方にとっては、雨が降ればぬかるみ、そこここに大きな窪みができ、映画の1シーンどころではないのが実情でしょう。もしかしたら、そういうところが、歩行による移動を中心とする方々の行動を妨げているかもしれません。
 街づくりは一朝一夕にできるものではありません。むしろ、そこに人が住む限り果てしなく続くものでしょう。行政では長期的な展望の下、計画的にそれに着手していることと思います。しかしこの10年は、右肩上がりが常識だったかつての40年では考えられなかった経済状態になっています。長期的な展望であったがゆえに、現状にそぐわない計画もあるのではないでしょうか。
 私は、今、地域住民が感じている現実の問題に対する解答を、リアルタイムで行政に求めていきたいと思います。

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